地上の楽園/昭和の時代に拡散された嘘
私が、高校時代から大学時代というと昭和40年代後半から50年代です。
西暦でいうと、1970年代です。
このころは、全国紙の新聞といったら朝日新聞が一流新聞として広く認知されていました。
当時、私の家では、読売新聞をとっていたのです。
しかし、大学の入試問題にも、”天声人語”という朝日新聞の社説から出題されることもたびたびあったため、多くの受験生がそうしたように、私も受験前の一年間は、この朝日新聞をとっていました。
内容は、当時も今も変わらず、常に政府に批判的で、親中、新朝的な内容でした。
政府を批判することが、革新であり、進歩的という当時の世間の風潮を象徴しているようでした。
まだ、何も世の中のことを知らない少年期から青年期に、私はこの朝日新聞に多大な影響を受けて大人になっていきました。
そのため、日本という自分の国を好きになれず、常に日本の国に批判的な大人になっていったのを後になって悔やみました。
その他にも影響を受けたことは多数ありますが、そのうちの一例をあげると、”地上の楽園”という嘘に対してです。
1970年代には、在日朝鮮人の帰還事業がすでに始まっていたのですが、私はそんなことは知りません。
ただ、当時の朝日新聞には、北朝鮮や中国は ”地上の楽園” であるというような記事がたびたび目に留まっていたのを今でもはっきりとおぼえています。
この頃、何も知らなかった私は、共産主義の国ってそんなにすばらしいのかな? という憧れと、是非行ってみたいなという願望さえ抱いてしまいました。
この在日朝鮮人の帰還事業ですが、後年になって調べてみると、日本の朝鮮総連と北朝鮮本国との共同による事業だったようです。
しかし、この事業を後押しし、宣伝の中心となったのが、大手のマスコミである朝日新聞です。
特に、一流新聞ともてはやされていた当時の朝日新聞の影響は絶大でした。
多くの日本人にとって、北朝鮮や中国は、人心豊かな理想の国、という先入観をしっかり植え付けられてしまったからです。
この帰還事業で、約9万3000人の在日朝鮮人や日本人妻が北朝鮮に渡ったと言われています。
しかし、実際の生活は貧困や差別に苦しむ最悪のものだったそうです。
帰国に踏み切った人たちの中には、これら日本の大手マスコミによる”地上の楽園”という宣伝にのせられた人々もきっと多かったことでしょう。
のちに、北朝鮮での生活に耐えられずに命がけで脱北し、日本に逃れてきた当時の朝鮮人の方々が、この帰還事業に参加した結果、長年にわたり基本的人権を享受できず凄惨な生活を強いられたとして、北朝鮮政府を相手取り、総額5億円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしたことも後年ニュースになったほどです。
日本に帰れずに、そのまま亡くなられた方々も多数いただろうと想像できます。
また、今でも過酷な生活に耐え忍んでいる方々もたくさんおられることと想像します。
このような結果の片棒を担いだことになった大手マスコミ(特に朝日新聞)は、未だに謝罪することもなく、まったく責任をとっていません。
現在日本を貶めている慰安婦問題にしても、徴用工問題にしても、最初の火種をつくり、世界に拡散していくきっかけをつくったのは、まぎれもなく朝日新聞です。
現在、この朝日新聞は、購読者数が激減し、赤字に転落しているそうですが、昭和の時代は、一流新聞と言われていたのです。
現在では、SNSも発達し、国民にたいして安易に嘘をつき、拡散しにくい時代に入りつつあると思います。
昭和のあの時代を思い返すと、良い時代になりつつあると考えます。
しかし、マスコミには、報道しない自由もあるといって自分たちに都合の悪い真実を報道しない現実があるとこと忘れてはなりません。
私たちは、真実を見極める努力を自らしていかなければ、真実にたどり着くことはできないのだと思います。
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